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matsuo.

ツイッターより長い事を書きたい時に使ってます

宇多田ヒカルが元気だから 

日記

 

Fantôme

Fantôme

 

 

Fantôme(ファントーム)

フランス語で気配とか幻って意味だそう。

 

宇多田ヒカルが8年ぶりにアルバムを出すとかJ-POPに戻ってくるとか、有線から流れてこようがネットニュースになろうがあまり実感がわかなかった。

 

でもアルバム発売の日、丁度アルタ前で待ち合わせをしてたら店頭に大きなブースがつくられ、液晶テレビに二時間だけのバカンスのPVが流れていた。そこで「あ、ほんとに戻ってきたんだ」って思ってしまった。林檎ちゃんが宇多田ヒカルの声は東京によく似合う、みたいな事コメントを残していた気がしたけど本当にそんな感じがした。あんなゴミゴミした雑踏の中にスッと透き通って確かにクリアに聞こえる宇多田ヒカルの歌声。

 

人ゴミから一番遠い質のものがあんなにも同化して違和感がないなんて。タイトルが発表されてから一番楽しみにしていた「俺の彼女」にはドキドキが凄いし、通して聴いていくと本当に気配そのものが歌になっている感じがして参る。宇多田ヒカルの曲はどれもタイトルと歌詞とメロディが狂いなく合致していて、一度そのピースがはまるともうこの曲はこのタイトル以外ありえないね、という気持ちになる。光とか。FantômeももうFantôme以外ありえない。

 

"転んでも起き上がる

迷ったら立ち止まる

そして問う こんな時

あなたならどうする"

 

聞き慣れた言葉で、当たり前のようなフレーズなのに、メロディに乗せられ歌として耳に届いた時、暫く動けなくなった。亡くなったお母さんの事を意識してる所も沢山あると思います。


改めてtravelingの歌詞に小さな感受性や情緒みたいなものが煮えたぎる思い。ちゃんとJ-POPでリリースされていて、5分ほどで、その中にあれだけの風景と物語が詰め込んであって、良い小説を読んだ後のような質量と幸福感。くどくないし、いやらしくない寂しさも絡んで。徐々にこの詞の中の風景をイメージできるようになった時、頭がくらくらきた事を思い出しました。参った、みたいな疲労感と泣き出しそうな気持ちと。

 

丁度聞き込んでいる頃、最果タヒのエッセイも買って読んでたんだけど、宇多田ヒカルの事が書いてあった。

きみの言い訳は最高の芸術

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